2017年06月24日

根っこ

私にとって大切な先輩がいる。若いころから、
一途に同じ道を頑張っている尊敬する先輩
何があろうと、決して信念を曲げることのない人。
いまだに変わっていない。そういう人は数少ない。
人は環境と、人間関係、損得なんかで簡単に、
信念を曲げる人も多い。
そして、特に日本人は、(長いものには巻かれろ)と
郷には郷にしたがう人がほとんど。
そうしないと生きれないのもよの道理。が、それだけではない。
それだけなら、無難に全体に合わせて生きる人だけの世の中になり、
決して斬新なモノはこの世に出てこなかったに違いない。
そんな中に、多くの人が反対したとしても、自らの信念と決意で、
一途に一生かけて貫いた人の積み重ねが、新たな世の中を造ってきた。
過去に、師匠から言われたことがある。
「ハンカチを持ち上げるとき、どうやって持ち上げる?」と、
「え?」と言って、すぐさま、机の上のハンカチを引っ張り上げた。
「全体を引き上げるなら、全体を持ち上げる、
引っ張り上げる一人になりなさい」
そうすれば、多くの人を幸せにしてあげれると、、、、、。
私は、そういう一人になりたいとその時、
ドキドキしながら思ったのを覚えている。
いつからだろうか、、、、そんなことを忘れて、
生きるために人ばかり気にして、
生きてきたのは。今頃つくづく思えてくる。
どんな組織も集団も、その中心的に推進力のある
パワーを持つ人がいないと大きくならない。
会社も、家庭もそうだ。社長がそれにならないで、
人ばかり気にしている会社に、
発展の余地などないことをいつ忘れてしまったのだろう。
家庭においてもそうだ。
父親が、家族の未来に希望を与え、導くことをやらずに、
妻、子供たちの顔色ばかり、
気にして、何の意味があるというのだろう。
いつのまにか、ハンカチの引っ張るものになることをやめ、
助けてくれることを望む
依存心の強い、自分からは何もことをおこさない人間
になり下がっていたのだろう。
そんなことをその先輩と話しながら、フツフツと思い起こされた。
「私の問題はこれか」そう思える。
今の環境に陥ったのも、戦うことをやらなくなってから。
いつのまにか、あきらめることに慣れてしまったから。
結果ばかり気にして、冒険をしようとも思わなくなったから。
年とともに、心まで年をとらせたから。
ほんとに、体だけでなく、心も重傷なのかもしれない。
原因が分からず、もんもんとしていたが、ハッキリした。
ならば、その反対の道を上るのみ。
そこにしか勝機はないと思える。

posted by にいちゃん at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 私のお仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月23日

甘んじて打たれる

昨日のことを思うと、腹が立ってたまらない。
しかし、甘んじて受ける。
反撃なんかしない。
打たれるだけ打たれる。
理不尽なことがあろうと、まともと受けるしかない。
反撃、反論しようと思えばいくらでもできる。
その為に地獄を見ることも恐れてもいない。
しかし、打たれるだけ打たれようと思う。
それは、私がどうしても受けなくてはならないものなら。
受けなくてはならない。
逃げることはできないし、否定することもできない。
こうなってくると、後骨肉の争いが待っているのが定説。
そうなれば、果たして、先祖と神仏が喜ぶだろうか?
仲互いすることを望む親がいるだろうか?
いやしない。だから、受け止めるしかない。
それがこれまでなおざりにしてきた、
先祖からのつけ。だから、受けなくてはいけない。
もともと、この財産を作ったのは、3代前のひい爺さん。
金に汚い金貸しから始まった家。多くの人から金を絞りとり、
酷いこともしてきた家らしい。その元金は,出稼ぎに出て、
そこから途中で逃げ帰ったところから始まったと聞いている。
先祖を悪く言いたくはないが、色々あったことに間違いはない。
それゆえに、こういう借金と親族との争い、肉親の裏切り、
こういう形で清算する方向になるんだと理解できる。
相当ひどいことをしてきたのだろう。
その当時は、(うまくやって、ひと財産稼いだ)と
鼻高々だったのだろうが、そのつけは、しっかり4代目に覆いかぶさってきた。
これがまさしく、「因縁」 「悪い原を作ると血縁を通して、清算しなくてはいけなくなる。」
その典型だ。だから、騙したら、騙され、殺したら、殺される。
金を奪えば、奪われる。追い詰めたら、追いつめられる。どうにもならな因果応報。
見事なもんだ。人間的には、かぶる必要はない。が、先祖からのつけなら、
やるしかない。しっかりと、相手が屈服するまで、、、、、、、。


posted by にいちゃん at 01:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 私のお仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月22日

悪党徒党を組む

正しいことを正しいことと突き進む人は、徒党を組まない。
えてして、悪意を持つ輩が徒党を組むことが昔から多い。
正しいことをしているのなら、1対1でぶつかってくればいいのに、
必ず仲間を作り、襲ってくる。
学生の時にもそうだ。というか、幼稚園からずーと共通している。
いじめ、なんかはその典型。まさしく悪党徒党を組む。
悪党までとは言いたくないが、もうこういうやり方を見ていると。
弱者をいじめるいじめにも似ている。
相続問題で揺れている我が家は、今調停の最後の段階にある。
叔父叔母たちは、父親に貸した金を回収したくて、
田舎の土地と家を買い戻そうとしている。
表向きは、うちの母親の住むところをなくしたくないからと言っているが、
本音が違うようだ。
何故なら、過去に父が親族から借りた100万の担保で、
いくらかの土地を渡したが、
父が亡くなった時に、あの土地を返してほしい。100万でというと、
「私たちは、3兄弟の名義にして、ひとり、300万投資して、
父に貸したのは1000万になっている。
だから、私に1000万返してくれたら土地を返してあげる」と言ってきた。
もちろん、1000万なんて、借りていないことは、父に何度も確認した。
にもかかわらず、当然の権利のように返そうとしない姿を見て、
その動機がほかにあると、
実感した。そのことがあっての今回の相続問題の債権買い取りを
老人たちが提案してきた。
動機は、今までの父に貸した金の回収。そのかたとして取ろうとしている。
いったん取れば、もう帰ってこない。あの1000万の土地のように。
だから、抵抗していたら、連名で、過去の借金や、
寄生虫弟の使った金を払えと言ってきた。
さらに、今度は、病気で寝込んでいた叔父も連名に入れて、
内容証明を送ってきた。
私の相続分は放棄し、今までの借金のかたに取るつもりらしい。
これが、死期の近づいた、80にもなる老人たちのすること。
最後の最後まで、やり口が汚い。
直接話そうと言えば、無視し、今頃は、手紙しかよこさない。
一方的に自分たちの言い分を送りつけるだけ。これが年長者のすることか?
はなはだ、あきれてしまう。
年をとった人格者たちが最後にすることがこんなことしかないかと思えば、
情けなく思えてならない。
確かに、父と弟が、嘘八百を並べて金を借り、返さなかったことが一番悪い。
それに対して、親族たちは、助けようとしてやってくれたわけなので、
とてもじゃないけど、
批判なんかできない。それは十分わかっていた。
なので真剣に向き合って解決しようとしていたのに、
一方的にコンタクトを切られ、あってもくれない。
完全無視。これでは溝が深まるだけ。
いい死に方なんてしないと思える。
そういうことを神仏先祖が望んでいるかを考えれば、
解決はおのずとつくはずなのに、、、、
すでに認知症も発症し始めた老人たちの考えは、変わりそうにない。
間に入っている破産弁護人の叔母さんが言っていた。「修復と和解はなさそうだ」と
莫大な遺産でもない、たかだか1000万にも満たない
土地をそんなに自分のものにしたいのか?
死期の近づいた老人たちの固執した考えが悲しくてたまらない。

posted by にいちゃん at 01:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 私のお仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする